秋子さんへの道は遥か彼方・・・

Kanon〜10 years after〜 (Ver.yossy)

original picture by ZEN
story written by yossy @ "Sky Skipper"
http://skyskipper.info/

この文章は、敬愛する絵師様であるZENさんのイラスト
「Kanon〜10 years after〜」
から着想を得て、私・yossyが妄想を広げたものでございます。
短く、拙い文章ではありますが、ご笑読いただけると幸いです。

Kanon〜10 years after〜

序章


「ここのイチゴサンデーは、いつ来ても美味しいよ〜」
「はあ…その顔、昔から変わらないわね」

至福の表情を満面に浮かべる旧友を前に、私はなんとなく、溜め息をついていた。

久しぶりに訪れた北の街。
生まれ育った街ではあるけれど、今は両親も引っ越してしまっているため、関わりはほとんどない。
それでも、ときおり何気なく足を運びたくなって、名雪に連絡をとって、こうして会っている。

百花屋は相変わらず盛況で、コーヒーの薫りも、名雪に分けてもらったイチゴサンデーの味も変わっていなかった
(さすがに、自分では注文できないけど)。
私たちが学生時代を過ごしたその場所は、今もこうして変わらずにいてくれる。

けれど、名雪の薬指に光るものが、過去に流れようとする私の心を、いまに引き戻した。

名雪には、素敵な旦那様。
もちろん、祝福の場には私も加わっていたし、幸せそうな親友の姿を見ていると、自分も暖かい気持ちになる。
けれど、たまに電話で話していると、立場の違いを、どうしても感じてしまうのだ。

私は東京で仕事をしている。
がむしゃらに、というほどではないにしろ、他を忘れるくらい働いた。
ようやく自分のやりたいことに手が届くようになって、毎日が楽しい。
それでも、心に埋められない何かを感じていた、というのは、贅沢だろうか?

「美味しいよ〜」
相変わらずニコニコ顔の名雪。まるで、この世の幸せ全てが目の前にあるみたい。
私は言葉を継ぐ代わりに、中身の残り少ないコーヒーカップを傾けた。
すっかり冷めてしまったけれど、その薫りはやさしく喉を漂った。

「香里?」
カップから目を離すと、イチゴサンデーに没頭していたはずの名雪がこっちを見ていた。
「無理しすぎは、よくないよ」
こんな勘の良さは、相変わらずだ。
彼女の前でも、私の口数は多くなかったけれど、名雪はこうして感情を汲み取ってくれた。だから私も、自然な態度でいられた。
さすがに電話では黙ってしまうと心配されてしまうから、こんな沈黙も久しぶりで、懐かしくて心地良い。
「ううん、なんでもないわ」
うわべではなく、少し心が緩んだ気がしたから、私はそう答えていた。

けれど、過去に浸ってばかりではいられなくて、現実に帰らなくてはいけない。
私は腕時計に目を落とした。帰りの飛行機は5時。
「それじゃ、もう行くわね」
「名残惜しいよ…」
「どうして、私じゃなくてイチゴサンデーのグラスを見ながら言うわけ?」
「あはは、冗談だよ〜」
名残惜しいのは私もだけれど、そうやって代弁してくれる親友のおかげで、少し心が軽くなった。

席を立ち、会計を済ませるためにレジに向かう。
そのとき、厨房から威勢の良い女の子の声が響いてきた。
「マスター!ブルーマウンテンが切れてます!それとデザート用のイチゴも!」
「わかった、今準備するよ」
マスター、と呼ばれて返事をしたのは、わりと若い声。
そういえば、先代のマスターは引退して、今は代替わりしたと、風の噂で聞いていた。
「お客様、お待たせしました」

振り向いたマスターの浅黒い肌は、彼が過ごした日々の過酷さを伝えている気がした。
けれどそれに似合わない、優しい声と瞳。
そして童顔に不釣り合いな口髭をたくわえているのが、なんともユーモラス。
でも、この目にはどこか見覚えがあるような…

私は、彼がつける名札に目を落とし、今までその事実に気づかなかった自分の鈍さを呪った。

「北川君…?」
「美坂…か?」

懐かしい呼び方に、急に流れ出した10年前の記憶。
堰を切った思いが一度にめぐって、私は、一瞬言葉に詰まってしまう。
「あ…」
「悪い!今忙しいんだ、9時くらいには上がれるから、そのころまた来てくれ!」
すると彼は、少しだけ小声になると、一方的にそれだけ告げてくる。
「ちょっ…」
そして、返事をする間もなく、彼は奥の厨房に引っ込んでしまう。

「もう、マスターはいつも段取りが悪いんだから…」
「スマンスマン」
バイトの女の子に叱責される声が響いてくる。

「…名雪?」
ゆっくりと、私は愛する親友の方へ振り向く。
「えへへ、びっくりさせようと思ったんだけどね」
半分の苦笑いと、半分の「したり顔」で返す名雪。
「どうして大事なことを黙っていたのかしら?」
「香里、目が怖いよ〜」

もう、どいつもこいつも、昔からこうも勝手なのか。
私は、どうしてだろう、飛行機の予約変更の電話をかけていた。


(続く?)

***

ご意見・ご感想など頂けると幸甚に存じます。
サイトからどうぞ。↓
Sky Skipper Website